長瀧 重博

 大学進学の時、理系を選ぶことに迷いはありませんでした。数学と物理が好きで、得意だったからです。大学院進学の時に宇宙分野を選ぶことに迷いはありませんでした。ホーキング氏や佐藤勝彦氏が語る宇宙のはじまりやブラックホールの謎に魅了されていたからです。宇宙の謎を解明すべく、物理や数学を一心に勉強し、コンピューターシミュレーションを実行し、東大で博士の学位を取得したのは1998年の春でした。その私に待っていたのは、次の将来が何も保証されていない任期付きの研究員の職でした。2-3年の給与の保証はあるけれど、成果が無ければ次の職に就けるか分かりません。成果が出たとしても原則次の職を探して転出することになっています。宇宙の神秘を謎解き、人類にとって真に新しい知見をもたらすためには、目先の成果を考えず、時間を忘れ、ある意味今研究していることが何をもたらすのかすらも考えず、ただひたすらに没頭することが絶対に必要です。研究者を志した若者は、そのようなただひたすら自分の研究テーマに没頭する人生を歩んでみたいと考え、研究者への扉を開いたのではないでしょうか。しかし現実には、数年先の将来を案じ、不安にのみこまれ、非常に有能でありながら研究の道を志半ばで去っていった仲間が多くありました。非常に有能でありながら、大学院課程の半ばで研究室に来なくなってしまった(来れなくなってしまった)友人たち。自分の夢を守ろうと、博士の学位取得後何年も任期付きの職をつないで、遂に刀折れ矢尽き、研究の道から去ってしまった友人たち。私に同じことが起こっていたとしても、全く不思議ではありません。更に問題なことに、研究の道を去る時に、どう去るかが良く分かりませんでした。研究者を志した人間が民間の会社に就職するパスというものは当時特に無く、個人個人で行き当たりばったりに就職活動を行うしかなかったのです。民間の会社が、これまで宇宙の理論を研究してきて30歳を過ぎた人間の素養や能力を買ってくれるのか、産業界に於ける自分の価値が全く分からなかったのです。塾講師か家庭教師かフリーターか。。。あまりに分からないので、研究室のみんなで会社を作って、数理計算科学のスキルを活かした株式投資を一緒に行い、生活費を稼ぎながら宇宙の研究が出来るかな、という話も半分冗談・半分本気でしていました。2000年代前半の、私の周りで起こった出来事です。
 時は経ち、2020年、江田哲也社長という強力な理解者を得て、今、理研数理という新しい挑戦が始まります。数学・物理・計算科学をはじめとする、理数系の素養は間違いなく現代・近未来の産業界に望まれています。むしろこれら理数系の素養・能力こそが、明るい未来を切り拓く鍵となっている産業分野も数多く存在する筈です。今私は、産業界に対する、科学者の極めて高いポテンシャル・価値を確信しています。科学者はこの国の未来の繁栄を左右する程のポテンシャル・価値を備えています。理研数理は、若い科学者の素養・能力を大いに活かせる産業界のニーズを提供します。理研数理の活動によって産業界は大いに活力を得、若い科学者は自分の貢献に応じた正当な報酬を手にします。若い科学者は、理研数理に就職する必要はありません。若い科学者は、自分の許す範囲の時間に於いて理研数理に貢献し、それ以外の時間を研究への情熱に注いでくださればと思います。更に言えば、「研究に没頭したいから今は理研数理で働かなくてもいいや。」とさえ、思って頂けるのであれば嬉しく思います。そう思って頂けるだけでも、理研数理は若い科学者の心の安定に、何かしらお役に立てているように思うのです。若い科学者が、明るい未来像を描きながら、自分の研究者としての夢を追い続けられること。これに理研数理が貢献出来れば本当に嬉しく思います。重ねて、理研数理の設立に向け、大きな決断をしてくださりました江田哲也社長に感謝いたします。この挑戦が、21世紀の産業界にも、科学界にも、大きな足跡となるよう、微力ながら私も貢献させて頂きたく思います。